君はどんな眼鏡をかけるのか?

君はどんな眼鏡をかけるのか?

私は、町を車で走っていても、どこか旅行で出かけていても、よくラーメン屋や中華料理屋などをパッと見つけます。
若い頃から好きだったので、脳が無意識のうちにきっと探しているのかもしれません。



脳というのはなんか選別して世界を認識しているようです。車のことが気になっていれば、走っておる車、看板の車、雑誌の車、CMの車の情報がどんどん入ってきます。



病気が気になっていれば、病気の情報が。温泉旅行が気になっていれば、温泉旅行の情報が。普段よりかなり多く自分のアンテナにひっかかってきます。



急に本当にその情報が多くなったのか。というとそれは違うと思います。自分自身の意識がそのとき必要なもの、興味があるものなどをちゃんと世界の中から選別して、探してくれているのだと思います。



世界は全くかわりません。ただし、自分がどんな意識をもっているかで、見える世界が変わってくるのです。



ここではそれを眼鏡という表現であらわしましょう。



最初の話に戻れば、私はラーメンが好きという眼鏡をかけているので、世界の中からラーメンに関する情報がよく見えるようになっているのです。



まあ、こういった眼鏡はいろいろあっていいと思うのですが。みなさんも、受験、ファッション、スポーツ、芸能、恋愛・・・・・・いろいろな眼鏡をかけていることでしょう。全然それでいいのですが・・・・・




ただ、次に示すような眼鏡なら、あなたはどんな眼鏡をかけて見たいと思いますか。




◆人間は悪い存在であり、みんな多くの欠点をもっているという眼鏡



◆人には良い点がたくさんあるという眼鏡



◆世の中は可能性に満ちており、自分も可能性に満ちているという眼鏡



◆世の中は不幸に満ちており、自分も不幸になっていくだろうという眼鏡



◆私にはいつも悪いことが起こるという眼鏡



◆私には次々といいことが起こるという眼鏡




多くの人の中には、人の悪い点ばかりを見て、そして悪口ばかり言っているというような人もいます。人のいい点もいっぱい経験しているはずなのですが、その人の眼鏡はそこをスルーしてしまうのです。



いつも自分は不幸だと思っている人もいます。悪口を言われた、嫌な顔をされた、病気なってしまった、人が親切にしてくれない・・・・・・・。このタイプの人は、延々と自分の不幸話を人に語ったりします。



この人のような場合、自分に優しく接してくれる人や自分に起こったいいことなど、そういったことをスルーしてしまう眼鏡をかけているのです。



こういう眼鏡というのは、その人の人生に大きく影響していくので、どんな眼鏡をかけるのかということはとても大切になってくることになります。



世界は全くかわりません。ただし、自分がどんな眼鏡をかけるかで、見える世界が変わってくるのです。



であるならば、自分自身の人生にとっていい眼鏡、自分自身が得をする眼鏡、自分自身が希望に満ちてくる眼鏡、そんな眼鏡をかけた方がいいと思いませんか。



いつも言ってますが・・・・・だから、自分に気づくことが大切なのです。



前から言っているように、身につけてきたブレーキ、反応パターン、アクセスする記憶、そして眼鏡など、自分自身に気づくことが大事なのです。



自分を俯瞰してみることが大切なのです。客観的に見つめることが大事なのです。



それを続けて、気づきがあれば変えていける可能性が出てくるのです。
小さい頃から身につけたブレーキ、反応パターン、アクセスする記憶、そして眼鏡など、本当にそれを一生使うのですか?



自分に問いかけてください。



今日は眼鏡についてお話しましたが、自分自身がどんな眼鏡をかけているのか、真剣に考えてみるのもいいのではないですか。